善良なる民に救いを

 
 本日の労働時間、四時間である。そして三十分の休憩があるので、きびきびと働いていたのは実に三時間と三十分。とてつもなく忙しいというほどではないし、やるのことがなく無駄に店内をウロチョロすることもなかった。一番健康に良い労働の形である、と私は大変機嫌を良くし、帰りに、いつも乗換えで使う駅の一つ手前で下車してみた。 

 岸里玉出スーパー玉出がたくさんありそうだな、と日ごろ思っていたけれど、ついに見かけることはなかった。
 ホームは閑散としていて改札口も広いのだけれど、人がいなくてなんだか異界の様だった。「無人なので、駅員が駆けつけるまで五分ほどかかります」との張り紙がしてある。天気があまりよくなく、薄暗いことも影響しているだろう。ばあ、と妖怪のひとつでも姿を現しそうであった。しかし五分ほどで駅員さんが駆けつけてくれるので安心である。
 天下茶屋方面へとひょこひょこ歩くと、古本屋さんを見つけた。店先のワゴンでは百円の文庫本や昔のアイドルのCDなどが客を出迎えている。CDを物色するおじさんと、中学生ほどの男の子と並んで本を見る。そして最初に目に入った一冊手に取り中へ入った。 

 人生一桁目であろう男の子が母親を連れてこぢんまりとした店内を歩いている。私がふむふむと本の背表紙をなめるように見ている間に、その子はお目当ての本を見つけたようだ。「これ! 絶対にこれを買う」と宣言し母親を店内中央のレジへと向かわせる。母親は言った。「あんたこれ、小説ちゃうの。フリガナついてへんかったら、読まれへんやろ。すみません、これ、中見ることってできますか?」店主がはい、はい、とにこにこと本を覆っているビニールを破る音に、「なぜ少年が絶対に買う本にはビニールが? ほかはすべてむき出しのようだけれど」と気になった私はちらりと盗み見てみた。鬼滅の刃の小説版であった。こんな小さな子供にも人気があるのか、と素直に感心してしまった。小説にルビは降られていないようで、「すみません、すみません。それ、キャンセルでお願いします」お手間を取らせて、と謝る母親に、店主はいえ、いえ、とにこにこした。 

 私は二冊の本を購入し、くるりと出口へ向かうと、でかでかと「ドラえもん」と書かれた箱がおいてある棚があり、しかし前に男性客がいてよく見れなかったから、今度来たときはあの棚もじっくり見よう、と決めて店を出た。まだおやつ時にも少し早い時間ではあるが空は橙色へと変わっていっている。
 また少し歩いて、道路の向こう側に王将を見かけた。大きな道路を挟んでいるし、何なら少し通り過ぎていたのだけれど、空腹な私は目ざとくも見つけたのである。うむ、昨日はチャーハンに餃子にラーメン、この麗し三姉妹をビールで流し込んでやりたいと思っていたけれど、昼間に見知らぬ街でそんな淫乱なことをしては……いやしかし、ここには誰ひとりとして私のことを知る者はいないだろう。正確には私に物干し竿を二本、コンバースのスニーカー数足、そのほか頻繁に菓子をくれたり、それに年末からずうっと十二国記全巻を貸してくれている女性が近く居を構えていると聞く。それでも知人を介してのことなので、私の面は割れていないはず。そうとなれば、どのような酒池肉林を起こそうとも、今後の生活に支障は出ないのでは。いや、しかし……。でも……。もごもごと考えながらも私の足は横断歩道を渡っていた。
 ビール、何杯飲もうかなとニコニコしていた時だった。昔ながらな店構えの喫茶店が目に入る。メニューのイラストと、大きなショーケースに食品サンプル。私は眼鏡をかけていても前方の席でないと黒板の文字が読めなかったくらい目が悪いのでよく見えなかったが、ナポリタンやとんかつ、カレーうどんといったラインナップが道行く人々にばちりとウインクしていた。私はどうやらその魅力にやられてしまい、「昼からビール」の誘惑に打ち勝つことができた。果たして勝ちなのか。
 結果的には大勝ちであった。野球のことは投げる打つ走るしかしらないけれど、ホームラン級の勝ちであった。広い店内はまばらに客がいて、コーヒーの香りが漂っている。小説なんて一本も書き上げたことはないけれど、ここで小説を書きたい! ここでハリー・ポッターを書きたい! と思った。
 五百円のランチセットと、食後にアイスコーヒーを飲んだ。行儀が悪くて大変申し訳ないが、先ほど購入した本の一冊を読みながらとんかつを食べた。自宅ではもぐもぐ食べながらぺらぺら読むのは当たり前な私だが、一歩外に出ると大和撫子らしく、可憐な姿で静かな佇まい、それはもう誰が見ても「奥ゆかしい、これぞ日本の女性のあるべき姿だ」と感涙する。しかし、この喫茶店にはどうやら呪いがかかっているらしかった。お行儀のよろしい少女が無性に活字を摂取したくなるようにするという、教育ママはさぞ欲しがるだろう呪いが。
 私は高橋由太の「もののけ、ぞろり」を読みながらとんかつを完食し、コーヒーをズコーっと完飲した。チーズケーキも食べようかしら、と思ったが、やめておいた。「奥ゆかしい、これぞ日本の女性のあるべき姿だ。しかしなんだか、すこしお相撲さんのようにも見えるね」と言われてしまっては日本の女性にもお相撲さんにも申し訳ないからだ。
 元気なおかみさんに料金を払い、「ありがとうございました!!」「ごちそうさまです」と年齢と元気さが反比例な挨拶をし、店を出る。店と外には少し段差があった。
 ぎゃあ!
 大和撫子の覆面をかぶっていなければ、私はそう叫んでいただろう。何ゆえか。それは数時間前にさかのぼり、場所は九キロほど南へ移動する。

 私は働いていた。それはもう、動体視力に自信のない御仁には見えないほどきびきびと。そしてその機敏さに、私もまた、ついていけていなかった。けたたましく鳴る店の電話に出ようと、それまで取り掛かっていた作業を止め走りだしたとき、どでかい業務用食洗器が開いてるのが見えた。あら、取り出す際にあちあちのまま掴まずにすむように、あけていたのだったわね。そう理解した時にはすでに鈍い大きな音を立てて右足の向う脛をぶつけていた。ぎゃあ! この時は確かに叫んだ。叫んだあと、立派な勤め人であるから礼儀正しく電話に出た。
 その後もしっかりと働いていたのだけれどなんだか足がずきずきと痛む。「ぶつけたのだから、痛いのはそら当たり前の話だわ」私は休憩中に向う脛の様子をうかがってみた。
 ぎゃあ!
 ぱんぱんに腫れているではないか。誰の足だ。いや、風船か? 私の足はどこへ! なむなむ、どうか神様、痛みを取ってくださいな。腫れはともかく、この痛みでは仕事がままならない。私を待つ子羊たちがたくさんいるのです! 神様は言った。「祈られるのが腹痛の時と足痛の時のみというのは、ちょっと、優先度は低いかな」そっぽを向く神様の前に、私はへたり込むしかない。
 仕方がないので足を引きずるようにして働いた。一階と二階を行ったり来たりすることがあるのだが、嫌な汗をかき「これはだめだ、足への負担が大きすぎる。階段、なんて野蛮なんだ」とぷるぷる震えた。
 そうして忙しくしているうちに何だか痛みが気にならなくなってきて、絶対に折れていると思われた足も、「なんだかいけそうな気がする」と天津木村みたいなことを言い出した。なぁんだ。いけるのか。じゃあ今日は早く帰るし、ちょっと寄り道でもしちゃおうっと。

 かくして私は岸里玉出へと降り立ったのである。しかし腹を満たしもりもり元気を取り戻す私の下で、負傷した足は九センチヒールで人間を支える負担に耐えかねていたのだ。再び法外労働を強いられそうな空気をいち早く察知した私の足は、そうはさせないと声を上げ、そしてわたしも ぎゃあ! と声を上げた。
 痛すぎる。足が痛すぎる。これはまじのまじに、今回ばかりは、ほんとに折れているんじゃないの? でも歩けることは歩けていたし……。ゆっくりゆっくり天下茶屋駅の方まで歩く傍ら、私は周辺の整形外科について調べていた。だが不運なことに本日は日曜日。一般的に病院はお休みしている。これほどまでに日曜を恨んだことはない。足を引きずりながら自宅周辺の病院を探すも、こちらも本日休診である。なぜ人は休むのか! 身を粉にして働くべし! 然らずんば、汝に災い降りかからん! 普段の私というのはあちこちで無労働論を唱え、そして同志たちからアツい同意を得ているのだが、この時ばかりはそう思わずにはいられなかった。
 帰りの電車は人であふれていた。座らせてほしい。この哀れな私にどうか席を。そう願ってみても私は元気な若者にしか見えず、譲ってもらう席もない。仕方がないのでつり革を持ち、前方の、彼女を後ろから抱きイチャイチャする中学生カップルの会話を盗み聞ぎすることで痛さを紛らわしていた。男性のほうが時々、さも愛おしそうに彼女の髪に口づける。いや、時々というか、二、三分に一度である。結構していた。私はなるたけそちらを見ないように、大阪信用金庫のWEB完結型ローンの広告をじいっと睨みつけていた。
 
 今現在、足の機嫌は治らず、依然激痛を発している。靴下を脱いで足を冷やしたり、湿布を張ってみたりしている。これがよいことなのかもわからない。ひょこひょこ移動して洗濯物を干し、晩御飯を作った。徳を積む作戦である。
 こんなにも涙ぐましい努力家なのだ、痛みをとってやろう、ついでに口座の段高にもゼロを増やしておいてやろう。と、神様がトチ狂うのを待つばかりだ。